『情熱』 前編
沢井慶太

一、
街は雨。行きかう人たちは傘をさし、黙々と歩くのみ。あじさいの花はまだ淡く、その花びらからしずくが
垂れる。
部屋の中のろうそく。その炎が風になびいてゆらゆらと消えそうになったり又ついたり。部屋は薄暗い。
夕方でもあるし、雨雲が空を覆って、窓からはその日の最後の光が入るだけ。
小沼悟は大学に入って初めての梅雨をむかえる。彼が息を吹きつけるろうそくは、部屋のちゃぶ台の
うえに立っている。そう、ちょうど半分くらいなくなって溶けたろうが、ろうそくの足元まで延びている。部屋
はとても静かだ。サッシをたたきつける雨音だけが響き、それがなお静けさを極立たせる。
悟は溜め息をつく。その息は迷いと虚しさとを同時に秘めたものだ。彼はいい加減に疲れている。苦悩
と猜疑とが彼の精神と肉体をむしばむ。何故こんなことになってしまったのだろうか。
話は三ヶ月前までさかのぼらなければならない。
二、
春の太陽がいよいよ肌に近く感じられ、その日ざしが寒い冬を終えたまだ冷たい校舎を照らす頃。新入
生でいっぱいのキャンパスは、春休み中のひっそりとした雰囲気とはうって変わって活気に満ちていた。
桜は満開で、ときおり吹きつける風で散る花びらまでも春の歓びにひたる学生たちの笑顔をひきたたせる。
大学の敷地内には本校舎とは別に、体育部や文化部、その他サークルの部室が集積するプレハブ式
の建物があった。本校舎の裏手に位置するこのプレハブは、三本の桜の木に囲まれるような格好で、まる
で大学の講義だとか、研究室などとは別世界で、すぐ後の塀の向こうは大学の裏道に通じることもあっ
てか、朝から授業を抜け出した学生たちのたむろする場所となっている。
映画研究部の部室も例外なくここに存在する。四月は各部・サークルがこぞって新入生獲得の為、悪
戦苦闘する。そんな中で映画研究部にも六人の新入部員が入ってきた。部室では、その新入生と在校
生とで集まって互いに自己紹介がされていた。新入生の顔はどれも希望にあふれ、その新鮮さがなお
先輩たちに刺激を与えるものだ。
部員たちが机のまわりを囲んで、一人ずつ紹介して行く。その中に小沼悟もいて、そして五十嵐通子も
いた。順番が通子に回ってきた為、彼女は右手をスカートにあてがいながら、やや恥ずかしそうに立ち
上がり、
「1-Fの五十嵐通子です。今までは、映画は鑑賞するだけでしたが、最近になってつくる方も興味が湧
いてきて、それで映研に入ろうと思いました。まだ分からないことも多いんですが、よろしくお願いしまー
す。」――この時期、新入部員にとって自己紹介はつきものだ。こういったたあいも無いありふれた言葉も
この時だけは目新しくうつってしまうのが不思議だ。
通子はおだやかな女。少しおとなしめでゆっくりとした口調が、彼女のやさしさと、平和さを感じさせる。
通子は特に際立った容姿をしている訳ではなかった。至って“普通の女の子”だ。きれいな長い黒髪を
指でいじる癖だけが奇妙に印象に残った。
「それじゃ、次の人。」
部長とおぼしき人が指名する。次の人というのは小沼悟のことであった。悟はその時になって始めて気
付いた様に、あわてて立ちあがり、
「あ、はい、えーと・・・・・・」――そのまま言葉が続かない。周りから笑いがこぼれる。悟にはその笑いが
何を意味するのか分かっていたが、彼は性格上それをあまり気にしていなかった。
「え―、小沼悟といいます。」ようやく、彼の言葉が続いた。
三、
次の日、悟は大学の帰り道にあった。キャンパスから、いわゆる正門といわれる所までは、小路の両
側にいちょう並木がそびえている。小鳥の声がカン高く、こもれ日を浴びるあたたかい空気をつつい
ている。悟が猫背の顔をふと上げると、少し手前で、五十嵐通子が一人で歩いていた。どうやら通子も
家に帰るところらしい。悟はやや小走りになり、彼女の後ろ姿に声をかけた。振り返った通子の髪が
そよ風になびいた。二人は意識することもなく、自然に並んで歩き始めた。
「確か小沼君・・・・・・でしたよね。」
「そうそう、同じ映研の。」
「クラスは。」
「A組。」
「あーそうなんだ。じゃ、ドイツ語?あたしはF組だからフラ語。」
田舎から出てきた学生というのは、こういった共通語とも東京の地方語とも区別のつかない独特の
しゃべり方をするものだ。二人は校門まで出てきて都会のとぎれもない車の流れを目の前にしながら
お互いに帰る方向を確かめてから又歩き出した。通子は軽いつくり笑いをして、
「小沼君・・・は何故映研に入ったの。」
「いや、昔から趣味だったんだ、映画づくり。だから、大学に入ったら映研に行こうと思っていた。」
「すごーい。じゃ、今までにも何かつくったりしてたんだ。」
「うん、小学生の時から八ミリ回してんのが好きだったから。」
「へー、あたしは映画なんかつくったことないんだー。でも見るのは好きなんだけど。」
校門を右にまがって最初の四ツ角に出ると、そこは大きな十字路が交差する広場になっている。
灰色のアスファルトとぽつりぽつりとある木々の緑の対比が面白い。一方では車の騒音であふれ、
彼等の足元では数十羽のハトが群れをなしてクークー鳴いている。
二人は何とも思うことなしに、立ちどまってただそういった風景を眺めていた為、会話がとぎれた。
悟には言葉にしようとしても、それを心にとめて言うべき機会を待つような、慎重なところがあった。
赤信号が青になった時ようやく悟の方から口を開いた。
「実は、もう作ってみたい映画の構想があるから、何だったらみんなでいっしょに作らない?君にとっ
てもいい勉強になると思うけど。」
「そーね。」通子は生返事をしたままうつむいた。その時、悟は黒髪の間からあらわれた色白の首
すじと、女のこまやかな甘いにおいを意識した。それはとても弱い感覚であったため、さすがに立ち
すくむほどの強烈さではなかったが、遠い昔に忘れてしまった何かを想起させるものだった。歩道を
渡り終えると、通子はそのまま真っ直ぐ行こうとしている。悟は右へまがらなければならなかった。
「ねー、ねー、そっち?俺、こっちなんだけど。」
「あーそう、じゃ小沼君、これからもいっしょに部活、頑張りましょう!」
通子はきびすを返して向こうへ歩き出した。悟はこの光景をじっと見ていた。一種一様のあたたか
みを感じるとともに、笑みがこぼれる。この瞬間から悟の心にはある感情が生まれた。それが何であ
るか、きっと彼は分かっていない。でもそれは不快なものではなく、とても心地の良いものであったと
彼は記憶している。
四、
空の青。ギラギラと焼けるような光を放つ太陽。悟の感情がますます燃えあがるかの様に。さらに
近付いた日ざしが部屋の窓から入り込んでいた。部室には七〜八人の部員がいて、部会を開いて
いる。コンクリートで全面を覆われた殺風景な所だ。真中に大きな机、そして部屋の両側には部品
棚があって、カメラ、フィルム、編集機、映写機等、様々な機材が置いてある。
部会のテーマは新入生恒例、新歓映画製作についてである。映研では毎年入部したばかりの
新入生だけで映画をつくるのが常になっていた。
部長らしき男が進行役を務める。
「そんじゃ、他に新入生、案はない?今回の主役は君たちなんだから。新入生の為ものだから。」
うつむきながら手を伸ばした悟に周りからひやかしの声が出る。先輩の指名に立ち上がる悟。遠慮
深い彼のしぐさの裏には大きな自信が見えかくれした。
「えっと、前々からやりたくて温めておいたコンセプトがあるんですが。」
「へぇー何。話してみてよ、聞きたいな。」
先輩は興味ありげに耳を傾ける。
悟は内容を話し出した。興奮すると、つい身ぶり手振りを交えて論じてしまうのが悟である。無
論、彼がアツくなったのは、そばで聞いている部員、五十嵐通子の存在が大きかった。彼はこの自分
の強い思いが、すでに昔の人が使っていた言葉でいうと、恋愛というものだということに気づいてい
た。彼はその気持を表すのに、直接ではなく、別の手段でうったえる方法を見いだしたかったに違い
ない。
通子は真面目な娘だった。そして悟の意見も黙ってよく聞いていた。そのことがその時の悟にとっ
てすでに無上の喜びとなっていた。悟は、通子が自分のことをまんざらでもないと思っていた。でも
それが実は悟にとっての最大の苦悩の始まりだったのだ。
悟の説明がひととおり終わると、部長は満足そうな笑みを浮かべて、
「いいんじゃないか。今まで出た案の中でも一番具体的だし、まとまってるよ。何だよ小沼、黙って
いるもんだから。自分の意見はどんどん言ったほうがいいぜ」と言った。
「あたしも、小沼君の意見がいいでーす。他の皆なはどうか分からないけど。」
同じ一年生の女子部員、加藤朱美がすかさず部員の言葉の後に続く。この朱美という娘は、明
るく活発で、いわば“小学校のクラスの人気者”という感じの女の子だ。ショート・ヘアでいつも細身の
ジーンズをはいて、色白の美顔に奇麗な二重まぶたが眩しい。彼女の言葉はいつもYesかNoだ。
好きか嫌いか、それだけで感情を言いあらわせる。そしてそれが自然だと思い込んでいるようだった。
朱美がまるで他の部員をうかがうような目つきをしたので、その輝いた目で見つめられた者には
猶予がない。
「あ、別にいーよ、小沼ので。」
「俺も。」
次々と朱美の魔術にでもかかったかの様に同意して行った。渋い顔をしていたもう一人の同輩ま
でも彼女の「あなたは?」という言葉に、
「なんだよ、いいでしょう、じゃ、小沼のでいこうよ」という返事をした。
朱美はしてやったり風の顔で「じゃ、決まりね」と一同の念をおした。
大きな溜め息が部員たちからもれたのは、その直後。彼等はまるでひと仕事を終えた時の様に背
伸びをしながら深呼吸をしている。それでもその和やかな雰囲気をこわすのが朱美であった。
「さーて決まり。じゃ、何よ、さっさと始めましょうよ。」
朱美には意地悪などという気持は少しも感じられない。当然のような顔つきだ。
「え――もう?」驚いたのは部員たち。
「ははは、気が早いね、加藤さん。」
苦笑いしながらあきれている。
「いいじゃん、来週からでも」・・・そう促す部員もいる。
だがそんなことは朱美の耳には入らない。
「善はいそげって言うでしょう。今すぐ・・・・・・ねぇ、小沼君。」
朱美は悟に目くばせをしながらそんなことを言った。悟はその視線に対して了承したとも拒絶し
たともどっちともつかない態度をとった。というのは悟は彼女の顔の表情にそれ以上の感情を意識
したからである。悟の軽い生返事には、かなりの複雑な気持が込められていた。他の部員たちはし
ぶしぶと腰をあげて準備にとりかかった。彼らのぽつりとこぼしたぐちでさえも、朱美にはかえって
発奮剤になってしまったようだ。
同席していた通子は、何も言わず部会で決まった事項をノートにメモしている。基本的に無口な
通子はこういう場面では自分の意見を持たないし、指名されない限り発言はしない。要するに、周
りの人たちに合わせる性格なのであった。
五、
いっそう深さを増した木々の緑。木の葉からこぼれる陽の光が目にまぶしい。動物たちは活動的
に、そして人々の活気もいよいよ絶好調。薄着になり出すキャンパスの学生たち。新入生たちの初
々しさも消え、ようやく大学になじんで来た感じだった。
そんな中、悟の映画の撮影がクランク・インする。忙しそうに動く部員たち。出演者、演出家、そ
してカメラマン。照明スタッフもいる。監督は小沼悟。自らが原案者であるため、監督業もかってで
たのだった。例のごとく体全体を使って大げさに部員たちに指示を与える。悟に通子、そして加藤
朱美と同輩三人の、一年生総動員した映画だ。
悟は信じていた。この映画のうまく出来上がることを。いったんのめり込むと無我夢中でとり組
む。それが一番大切であるとも考えていた。そのときの悟の心の中にはいつも五十嵐通子がいた。
彼女自身の意思などはどうでもよくて、ただ映画を製作している限りは、通子といっしょに同じ仕
事が出来る、そう思うだけで毎日が楽しかったものだ。
悟は自分が生きているということが実感できた。昼休み校舎の裏側のベンチに座って、たんぽぽの
ふわりと飛んで行くのを見るにつけ、つがいの蜜ばちが仲睦まじく空中で舞っているのを見るにつ
け、何でもほほえましいことと感じた。急に突風が吹いて、風が悟の体温をうばって行く。自分の
鳥肌にさえも生命の動悸があった。ベンチに横になって目を閉じてみる。太陽光線は悟のまぶたの
壁も通り抜け、目をつむった彼のスクリーンを白くする。通子のイメージが広がる。彼女の笑顔、さらさら
とした長い髪、そしてひとつひとつのしぐさまでが鮮明にオーバーラップする。遠くで三、四人の女子
大生がキャーキャ騒いでいるのを聞きながら、いつしか悟は浅い眠りに入っていった。
六、
夕暮れの部室。たまたま一人で書類の整理をしていた通子。そこに悟が入って来た。ちょうど四次
限目の授業が終わってさっそうとやって来たのだ。悟は開けた扉のノブをまだ持ったままで、テーブ
ルの向かい側にぽつんと座る通子に気付いて、
「あれ、五十嵐さん、一人?」ときいた。
悟は近くにあった椅子をひろってどかっと腰をおろした。
「四限?」通子はいったんそらした目を書類に戻して、バラバラになった紙をまとめてからその縁を
軽くテーブルにたたいて、そろえながら何げない質問をかけた。
「んー今終わったとこ。」
「政治学?」
「その通り、正解。・・・・・・きょうも撮影やるよ、これから。」
悟はその日撮影する予定のシーンを確認して、リハーサルのこととかを頭の中でめぐらせていた。
すると通子は思い出したように、
「今回の映画なんだけど、小沼君、タイトルもう決まってるの?」とさぐるようにきいた。
「そう、それなんだけど。うーん、やっぱり『情熱』にしようかと思ってるんだ。」
「情熱って・・・・・・。情熱ってずいぶん汗くさい題名ね。体連系(悟の大学では『体連系』と言った。
『体育会系』ではなく)みたい。」
通子がちょっと吹いたようにそう言った。悟はその反応を意外に思った。
「そう?えー絶対そんなことないよ。えー、そんなイメージ?オレはやっぱ情熱っていったら“真っ赤に
燃える太陽”って感じだな。熱い血潮だよ。汗くさいとはひどいな。」
「“真っ赤に燃える太陽”ね。あたしは、どっちかというと“ド根性〜”って感じかな、情熱に抱くイメージは。」
通子のまるでたしなめるような話し方は、悟にとって少なからずの衝撃だった。何よりも一番大事な
理解者を失ったような気持だ。悟の太陽に影がさして来たのはこの時からだ。

七、
日没後の撮影現場。すでにあたりは暗く、中庭に数本ある電燈も、その蛍光灯の白さを夜空に浮き
立たせていた。悟が声をはりあげる。
「カァーット。」
さながら本物の映画監督よろしく腕を振りおろした悟は、うなずいてから、
「よし、いいや。きょうはこれで終りにしようよ。もう限界でしょう。」
と全員に告げた。
バラバラと片付けをする部員たち。そのあたふたとした状況の中で、五十嵐通子と映研の先輩の
一人とが仲良さそうに立ち話をしていた。男の方の先輩は、三年生で、部長の代といっしょだ。短髪に
原色のシャツにジーパンといった、典型的な今の大学生という感じの男で、背は悟よりは高い。笑うと
白い歯が見えるという点でも、特に後輩の女子部員たちに好感度は抜群であった。その光景に目を
やる悟の心に一瞬、疑念がよぎった。通子と先輩とは単に事務的な会話をしているのでは明らかになく、
男としての個人、そして女としての個人同志の話をしていた。
悟は視線をわざとそらしながらも、心の目は、その二人に向いていた。腕の方は、電線コードを巻く
作業をしながらも、どうしても二人のことが気になって仕方がなかった。
悟は誰かの肘で自分の肩を軽くたたかれた。
「よぉー小沼、知ってるかぁ、きょうあらためて新歓コンパあんの。多分“おごり”だぜぇ、お前も来るだろ。」
同輩の一人が調子っぱずれに話しかける。しかし悟の方は話半分しか聞けず、再び通子と先輩の方に
視線を移してじっと見ているだけだった。
八、
街の居酒屋。店内は満員だ。学生風の団体もいれば、仕事帰りのサラリーマンもいる。数秒ごとに
あっち、そして今度はこっちと爆笑が湧きおこる。店員の若い男たちは、客の注文を受けるにつけ声を
あげ、又あたふたとお盆の上の食べ物を各テーブルまで運んで行く。この夜、映研は正式に新歓コン
パを催したのであった。彼等は先輩と後輩、総勢十数人でひとつの大きなテーブルを独占していた。
すでにほとんどの部員は酔っていて、そろそろ馬鹿でかい声で場を盛り立てる奴らも出てくる頃あい。
しかし、その日だけは悟は決して愉快な気分にはなれなかった。彼は周りのみんなが騒ぐ中、黙々と
一人で呑んでいた。そして通子と例の先輩も悟と同じように、他の部員たちとは別の、二人だけの世界に
入って何やら話をしていた。通子は右手で自分の髪をいじりながら笑顔を絶やさない。先輩の歯がキラリ
と光った。
「どうしたんだ小沼、きょうはやけにおとなしいじゃないか。」
同輩がはやしたてる様に言った。
「そぅお?いや、別に・・・そうかな。」
と飲みかけのチューハイを口にもって行く時、再び悟の目は通子の方に向いた。同輩はそれに気づいた
様子である。そして、今度は小声で、
「な、おい知ってっか?あの二人付き合ってるらしいぜ。」
と言った。悟は思わずグラスを口から離した。
「あの二人・・・って。」
「五十嵐通子とあの先輩さ。」
悟は言葉を失いかけた。
「本当なのか。」
動揺をかくしきれない悟。はやく真相を知りたかった。
「間違いないよ、確かな情報。」
同輩は自信たっぷりだ。
「いつから。」
「さぁ、知らね。」
「お前も好きだな、そーいう噂話」――口もとに近づけるグラスが震えた。中でガチガチと氷の当たる
音がする。
「・・・で?」
「でって・・・」悟はにらみつける同輩を見てから、少し目線を胸元までおろすような仕草を繰り返した。
「いーのか、それでお前。」
「さぁ、どうだろう。」
悟は感情の高ぶりを笑顔で噛み殺せる男だ。怒っている時も、悲しい時も、何故か彼は笑っている。
いくら平気を装っても、自分だけは誤魔化せない。それでも他人さえ気付かなければ、彼の持ってい
るプライドには傷がつかなかった。
「ふーん、まぁいいけどね。他人のこった。」
同輩はこれ以上の詮索をやめた。
「そうさ。」
悟は元のポーカーフェイスに戻っていた。
悟の横にはこの会話の一部始終を眺めて聞いていた加藤朱美がいた。